アラスカプロジェクト(地球環境のための高度電磁波利用技術に関する国際共同研究の推進)に関する調査依頼

 

数値モデルによる極域大気循環の調査

 

東北大学大学院理学研究科 地球物理学専攻 岩崎俊樹

 

. 研究の目的

 

冬季成層圏の極渦の構造と循環は中高緯度の気候と環境をに大きな影響を与える因子として大きな関心を集めている。

 

1.1  極渦と気候

 

極渦の気候影響では地上気圧の「環状モード(Annular Mode)」との関係が注目されている。地上気圧の平年偏差についての経験的直交関数(Empirical Orthogonal Function)解析から、比較的軸対称な構造をした環状モードが冬の大規模な気候変動を支配することが分かってきた(Thompson and Wallace, 2000a)。この固有モードは最初に北半球で見い出されたことから北極振動(Arctic Oscillation)と呼ばれていたが、南半球にも存在すること、および振動の周期とそのメカニズムが明白でないことから、環状モードという呼び名が一般化している。1990年代のシベリア地方を中心とする暖冬傾向のうちのおよそ半分は環状モードによって説明される(Thompson and Wallace, 2000b)。環状モードは、以前から長期予報の分野で用いられてきた東西指数とも良い相関を示す。東西指数は偏西風の状態を良く反映する指標で、低指数の時には対流圏ジェットの蛇行が大きくなり日本付近への寒気の南下が著しくなる。ただし、偏西風の強さがすべての現象の始まりという訳ではないく、偏西風の強化自身が他の物理的原因によって引き起こされることも考えられ、偏西風の強さだけに焦点を絞った東西指数は現象を理解する上であまり適当ではない。EOFという客観的な統計手法の導入により、環状モードの空間的なパターンや、さまざまな気象要素間の相関が詳しく調べられるようになった。その結果、冬季については、地上気圧の環状モードは成層圏の極渦の消長と高い相関を持つことも分かってきた(Kodera and Koide, 1997: Thompson and Wallace, 2000a)。このため、冬の環状モードと極渦の関係は成層圏が気候に及ぼす影響を知る重要なキーワードである。

 

1.     2 極渦と成層圏大気微量成分

 

成層圏極渦はオゾンを始めとする微量成分分布にも大きな影響を与えている。冬季、極渦内では放射冷却によって成層圏の気温が低下する。気温が熱帯圏界面程度以下(およそ-80°C)になると、凝結を起こし極成層圏雲(Polar Stratospheric Cloud)が発生する。PSC雲粒子の表面では人為起源のフレオンなどによる触媒反応が進みオゾンが破壊される。このため、極渦内はオゾン濃度が極めて低くなりオゾンホールが形成される。このとき、極渦の「側壁」が中緯度から高緯度へオゾン輸送を妨げていることもオゾンホール形成の重要な因子である。また、成層圏が放射によって冷却されるためには、下降流による断熱昇温が小さいことが必要である。下降流は輸送だけでなく気温を通じて化学反応も制御している。中高緯度における大気微量成分分布の動態を理解するためには極渦をめぐる循環構造(とくに鉛直速度と水平拡散計数)を明らかにする事が必要である。前節では、極渦と地上気圧の環状モードとの間に相関があることを指摘した。実際、オゾンホール形成に環状モードが大きな影響を与えている可能性が指摘されている。

 

1.3  極渦を巡る物理過程

 

極渦は秋に発達し春に消滅する。日射のない極夜域では大気は放射冷却によって南北の強い温度傾度が形成され、それに地衡風バランスするように極夜ジェットが形成される。炭酸ガスの濃度が上昇すると放射冷却が強まり、極渦が強まることが数値実験によって確かめられている(Shindell, 1998)。また、極渦は南半球の方が北半球に比べて強く消滅の時期も遅い。これは波動平均流相互作用に駆動された子午面熱輸送の相違によって説明される。北半球では山岳によって惑星波(ロスビー波)や重力波の活動は盛んでその結果として、冬季の子午面熱輸送量が多いため極渦は弱く、突然昇温も起こりやすい。極渦の動態を調べるキーワードは大気自身の放射冷却と波動平均流相互作用である。また、等温位面上での渦位(Potential Vorticity)は極渦が形成されると北半球(南半球)では増加(減少)するので、極渦の消長の指標としてしばしば渦位が用いられる。渦位はラグランジェ保存量なのでその変動の過程を物理的に考察することが容易である。成層圏では渦位の鉛直傾度が大きいため、冬季に低温化による等温位面の上昇が等温位面上の渦位の増加をもたらす。一方、極渦の側壁では等温位面上での渦位傾度が大きく、水平拡散が小さいことを示唆している。渦位は極渦の理解する重要な物理量である。

 

1.4  本研究の戦略

 

本研究の最終的な目標は極渦をはじめとする成層圏の現象も精度よく再現できる数値モデル(大気大循環モデル)を開発し、将来予測に貢献することである。しかしながら、成層圏の気候状態の再現は対流圏以上に困難である。困難である第一の理由は成層圏が対流圏の力学的強制に極めて敏感に応答するためである。波動や循環の形で対流圏から成層圏に運ばれるエネルギーは対流圏にとってみればわずかな量であっても成層圏にたいしてはしばしば決定的な影響を与える。まず、対流圏が精度よくシミュレーションされなければならない。また、成層圏の力学を正しく表現するためには、数値拡散の抑制や解像度なども成層圏の特性に合わせて最適化を図る必要がある。さらに、極渦の場合は放射強制力が重要であるが、水蒸気濃度の不確定性などのために成層圏の放射計算には多くの課題が残されている。Pawson et al.2000)は世界の主な大気大循環モデルの比較を行ったが、その結果はばらつきが大きく、特に極渦の再現精度は満足できるものではなかった。極渦の数値シミュレーションには多くの課題が残されている。

 

良いモデルを構築するためにはまず再現しようとする現象を良く知らなければならない。衛星データなどの4次元同化によって東西風や気温などの大規模構造はかなり明らかになってきた。しかしながら、そのような大気構造を形成する平均子午面循環や波動平均流相互作用は極めてデリケートな量でその実態はまだよく分かっていない。解析の進まない一つの理由は、現在用いられている解析手法そのものが不完全であり精密な解析を行うには原理的な困難を内包しているためだと考えている。筆者らは温位座標に基づいて平均子午面循環と波動平均流相互作用を診断する新しい解析スキームを開発している。

 

本研究の目標を以下にまとめる。

 

(1)温位座標に基づく、平均子午面循環、波動平均流相互作用、渦位バランス(生成消滅と輸送)の診断スキームを開発し、それに基づいて地球大気の構造形成のメカニズムを調べる。

 

(2)同じ解析手法を用いて大気大循環モデルのシミュレーション結果を解析する。これを実際の観測データ(客観解析)の解析結果と比較し、数値モデルの問題点を明らかにする。

 

(3)上で抽出された問題点の解決を図り高精度の気候モデルを構築する。大気大循環モデルに化学輸送結合モデルを結合し総合的な気候・環境モデルを構築する。

 

(4)気候・環境モデルを用いて、気候予測、環境(大気組成)予測を行い、大気変動のメカニズムを明らかにする。

 

この小論では(1)および(2)の端緒的な研究の途中経過について紹介する。

 

 

2.             温位座標を用いた大気大循環の診断スキームの開発

 

.1 既存の診断スキームの問題点

 

地球大気の構造は概ね軸対称である。このため、全球規模の大気現象は軸対称場(帯状平均場)とそれからの偏差とに分けて概念的な理解が進められてきた。この立場では気象擾乱は帯状平均場からの偏差であり、偏差は平均場の中の波動と見なすことができる。台風が熱帯海洋上に発生し温帯低気圧が傾圧帯で発達するように、波動の気候特性は基本場の特徴に支配される。基本場の形成には非断熱加熱に加えて熱輸送と角運動量輸送が深く関わっている。また、大気微量成分の輸送も放射過程を通じて基本場の形成に影響する。このため、大気の構造形成の観点から熱、角運動量、微量成分の子午面輸送は輸送は統一的に理解される必要がある。

 

一般に子午面輸送は平均子午面循環と渦輸送とに分けられる。しかし、何を「平均流」と考えるかが大問題である。昔から等圧面上の平均量で表現したいわゆるオイラー平均が広く用いられてきた。しかしながら、オイラー平均では流体波動の運動量保存則とも言うべき非加速定理(減衰しない定常な波動は平均流に作用しない)が表現できない。また、微量成分の子午面輸送を2次元の移流拡散で表現した時に、拡散テンソルに非対角要素が現れる(Reed and German, 1965)。拡散テンソルの非対角要素は物理的には拡散を意味せず、移流の変則的な表現に対応する(Matsuno, 1980)。これらの困難を避けるため、変換されたオイラー平均(Transformed Eulerian Mean, TEM: Andrews and McIntyre, 1976)が提案され、広く用いられている。しかし、TEMもオイラー平均の問題点を線形・地衡風近似の範囲で取り除いているに過ぎない。非線形(有限振幅)・非地衡風の現象の場合には、オイラー平均の場合と同じ欠点を生ずる。温位座標を利用すれば、非線形・非地衡風でも非加速定理を表現できる定式化が可能である。以下に筆者らが開発中の診断スキームの概略を記す。

 

.2 平均子午面循環と波動平均流相互作用

 

まず、帯状平均場の力学を表す方程式系を定式化する。温位座標そのものは物理的な鉛直距離が分かりにくい。加えて、温位座標では連続方程式が予測式となり質量流線関数の定義が困難であること、診断型の熱力学方程式は熱輸送を移流やフラックス形によって陽に表現することはできないことなど、物理的なメカニズムを理解する上では必ずしも便利ではない。このような温位座標の持つ欠点を補うため、我々は鉛直座標は温位座標そのものではなく、等温位面で帯状平均した気圧()を利用することを考えた(Iwasaki, 1989:I89)。等温位面帯状平均気圧を用いた解析を 解析と呼ぶ。これは、容易に温位座標に容易に変換されるので、2.4節の渦位バランスの解析では適宜必要に応じて温位座標も利用する。

 

解析では一般の物理量については等温位面上で質量荷重平均した量によって帯状平均場を表現する。ここで質量荷重とは大気圧の鉛直温位傾度(静的安定度の逆数でもある)をその帯状平均値で規格化したものである。質量荷重は保存則と下部境界条件を表現するのに必須である。それだけではなく、後述するように東西風の運動方程式に現れる気圧傾度力の質量荷重帯状平均値はEliassen-Palmフラックス(以下EPフラックスと略す)鉛直成分となり、波動が平均東西流に及ぼす形状抵抗そのもので波動平均流相互作用の主役となる。一方、熱力学方程式には渦輸送の項が全く現れない。これはこの解析によって得られる平均子午面循環がいわゆる非断熱循環(Diabatic circulation)と完全に一致し、非加速定理の有限振幅の波動への拡張を保証するものである。TEMの熱力学の方程式では、渦輸送に関係する項の寄与はストークス補正項によってオイラー平均に較べるとかなり小さくなっているものの、なお残っている。

 

図1にはそれぞれの平均子午面循環を比較したものである。上はオイラー平均、2番目は変換されたオイラー平均(TEM)、一番下が我々の解析による結果である(I89)。低緯度のハドレー循環に関しては3者は定性的に類似している。中高緯度においては相違が顕著である。オイラー平均の場合、中緯度対流圏には明瞭な間接循環(フェレル循環)が高緯度成層圏へと伸びている。一方TEMの結果は解析に比較的近い。これは解析がTEMの自然な拡張になっているためである。ただし、TEMの場合、下部境界条件を適切に与えることができない。また、中緯度対流圏は異常に大きな値になっているし、下部成層圏にはくさび状の間接循環が残っている。これらはTEMでは非線形効果が適切に評価されていないためだと考えられる。極渦の形成で問題となる成層圏の直接循環(いわゆるブリューワー・ドブソン循環: Brewer, 1949: Dobson, 1956)の表現は、新しい診断スキームの方が非断熱加熱とよくバランスし微量成分の観測事実ともよく整合している。新しいスキームが詳細な解析に大変有利であることが分かる。さらに、EPフラックスの解析スキームを開発し波動平均流相互作用も調べる予定である。EPフラックスの場合も、傾圧不安定や地面での境界値の問題や、非地衡風波動の効果などに、これまでのTEM解析より詳細な解析を行うことが可能であると考えている。

 

.3 大気のエネルギーサイクル

 

帯状平均場の維持形成機構について、エネルギーの観点からも解析を行う。帯状平均場のエネルギー論はLorenz1955)が有名である。しかし、Lorenzの定式化は等圧面上での帯状平均場すなわちオイラー平均に基づくもので、大気波動論としての解釈は困難である。現在、解析に基づき、波動力学に立脚した新しいエネルギー論について検討している。2.2節で見たように解析の平均子午面循環はオイラー平均とは大きく異なっており、エネルギー変換もまた違って見えるはずである。筆者は上で定義した帯状平均値に基づいてエネルギー変換の定式化を試みた(Iwasaki, 2001)。

 

図2はオイラー平均、TEMおよび解析によるエネルギーサイクルの比較である。TEMに対する結果はPlumb (1983)Kanzawa (1984)に基づいて描いたものである。PKは有効位置エネルギーと運動エネルギーを、ZEは帯状平均場と渦成分をそれぞれ表している。各ボックスの値は平均場の定義によってもそれほど変わらない。有効位置エネルギーについてはLorenz自身も温位座標による定義式から出発している。途中で気圧座標で近似しているが、値があまり変化しない。平均東西流の運動エネルギーは平均の定義によってほとんど変化しない。平均南北流の運動エネルギーは平均の定義によって大きく変化するが、そもそも値が東西流に較べて小さいため帯状平均場の運動エネルギーにはほとんど効かない。Mた、渦成分については、平均南北風の絶対値は南北風の変動に較べて小さく、従って渦運動エネルギーも平均場の定義にほとんど影響されない。

 

ところが、これらのボックスを巡るエネルギーの流れは平均場の定義によってまるで異なって見える。まず、帯状平均場の有効位置エネルギーと渦有効位置エネルギーの間の変換は新しいスキームには存在しない。これは、熱力学の方程式に渦輸送の項が含まれないことに対応する。TEMの場合は、厳密にはPZPE間の変換は小さいながらも起こりうる。ただし、前にも述べたようにTEMの熱力学の方程式でも渦輸送の項は小さく、とくに準地衡風近似の場合はこの変換は起こらない。更に、特徴的なことは新スキームの場合に渦有効位置エネルギーと帯状平均運動エネルギーとの間でいわゆる対角線の変換が起こるのである。これはEPフラックス鉛直成分が東西風の気圧傾度力に由来するためである。TEMでは考慮されなかった理由はストークス補正において地衡風近似を行っているためだと考えている。地衡風近似を行うと運動エネルギーと位置エネルギーの間で変換が瞬時に起こることが仮定される。この結果、渦位置エネルギーと平均場の運動エネルギーとの交換は渦運動エネルギーと平均場の運動エネルギーとの交換と区別がつかない。新しいスキームはプリミティブ方程式に基き2つのエネルギー変換が区別されいる。断熱大気の場合、帯状平均場と波動との間のエネルギー変換はEPフラックス収束(発散)を通じて起こる。特に、順圧不安定はEPフラックスの水平収束に傾圧不安定は鉛直収束に各々対応する。

 

最も代表的な気象擾乱である「温帯低気圧」に新しいスキームの考えを適用してみよう。われわれの定式化に従うと温帯低気圧におけるエネルギーの流れはPZKZPEKEである。解析ではオイラー平均とは異なり、温帯低気圧は直接循環を励起する。図1でハドレー循環とは別に中緯度対流圏に直接循環が見られるのは温帯低気圧(傾圧不安定波)の効果であると考えている。直接循環によって、南北の温度傾度に伴う有効位置エネルギーは平均南北流の運動エネルギーに変換され、南北流の運動エネルギーはコリオリ力のよって直ちに平均東西風のエネルギーとなる。平均東西風の運動エネルギーは波動平均流相互作用(EPフラックス収束)によって渦の有効位置エネルギーに変換され、最後は地衡風調節によって渦運動エネルギーとなる。これらの一連の変化はほぼ同時に起こる。とくに、地衡風平衡の状態ではPZKZKZPEの変換効率が相等しいことが導かれる。傾圧不安定波に限らず、あらゆる波動平均流相互作用についてエネルギー変換効率を算出することができる。

 

.4 渦位のバランス

 

準地衡風バランスを仮定した場合には、渦位分布から大気の力学的な構造(風と気温分布)を知ることができる(可換性の原理、Invertibility Principle, Hosikins et al.,1985)。また、渦位は温位と同様にラグランジュ断熱保存量であり、輸送過程を追跡することができる。非断熱加熱による変化と併せれば渦位のバランスと変化を知ることができ、これによって大気構造の形成と維持のメカニズムが理解される。

 

渦位解析ではしばしば等価緯度を独立変数として用いる。等温位面上で気塊を水平面積を変えないように渦位の順に北極から南極に並べ代え、各緯度における渦位を決める。等温位面上の等渦位線がそれぞれ等価緯度線に対応する。実緯度での帯状平均は異なる渦位の気塊を平均することになるので、大規模な波動による大気の流れの変形と気塊の混合が区別できない。これに対し等価緯度は混合と変型を厳密に区別することになり、大気組成の変化や極渦の側壁の鋭利な構造を議論する際には有利である。反面、実距離との対応が悪くなるため、力学的な解釈には不利な場合がある。我々の解析では、波動平均流相互差用によって駆動された平均子午面循環による輸送に着目しながら、渦位収支の理解を試みるので、当面は実際の緯度を用いる。極渦の詳細な解析を行う際に必要に応じて等価緯度の解析も併用するつもりである。

 

渦位の帯状平均値の輸送による変化は平均子午面循環による寄与と渦輸送による寄与とに分けて評価する。渦位は成層に敏感でかつ鉛直勾配が大きいので、鉛直移流によって大きく変化する。非断熱加熱は安定度の変化を通じて渦位を変化させる。最初にも述べたように放射冷却が極渦形成の大きな鍵であり、これが渦位変化にどのように作用しているのか、詳しく調べる予定である。

 

この節の冒頭で渦位の可換性について述べた。しかし、可換の手続きは気圧座標系に対しては明瞭だが、温位座標系に対しては必ずしも明らかではない。温位面上の渦位分布と運動と気温分布との関係を明らかにする必要がある。とくに、渦位分布と極渦の形状の関係もまだ未整理な問題が残る。解析スキームの開発を続けながら、この点も明らかにしたい。

 

渦位は中高緯度における圏界面の定義に利用されることもある。オゾン混合比などと高い相関を示すので微量成分の解析にも利用される。渦位解析の結果を、力学場の構造のみならず、熱力学場や微量成分にも利用する。

 

. データおよび大気大循環モデル

 

.1 客観解析データ

 

米国環境予測センター(NCEP)などで行われている再解析データを利用して2章で述べた新しい等温位面解析を行う。このとき、等圧上の気象データから如何に精度よく温位面データを得るかが大きな問題である。平均子午面循環や波動平均流相互作用はたいへんデリーケートな物理量であり、その解析にはできるだけ高い鉛直解像度と時間解像度が望まれる。一方で、特定現象に対するスナップショット、季節変化、経年変動を調べるため、様々な時間スケールに関心がある。結局膨大な量のデータ処理が必要で、現在、ハードディスク、記憶媒体と入出力装置、演算処理装置を整備中である。

 

.2 大気大循環モデル

 

非断熱加熱などいくつかのキーとなるデータは客観解析では得られない。また、観測データを随時差し込むのでその時系列は必ずしも力学的に整合していない。大気大循環モデルのシミュレーション結果をは力学的整合性のあるデータとして利用される。ただし、大循環モデルには系統的誤差(気候ドリフト)がある。最初にも述べたように、多くの大気大循環モデルは極渦の再現に成功しているとは言い難い。モデルのデータと解析データのそれぞれの欠点を補い長所を活かしつつ極渦の構造とその形成機構を明らかにする必要がある。

 

数値シミュレーションの強味はさまざまな感度実験が行えることである。炭酸ガス混合比に対する感度実験がその代表である。2章で述べた解析スキームを利用して感度実験を解析し、それぞれのプロセスが波動平均流相互作用と平均子午面循環に与える影響を調べる。

 

現在、気象庁の短期気候予測モデルT63L30(鉛直30層の水平は全波数63の3角形切断:格子間隔およそ200kmに相当)でトップが1 hPaの全球大気大循環モデルを利用して端緒的な解析を始めた。水平鉛直解像度を高めるとともに、放射や積雲対流スキームの改良を図る。また、化学輸送モデルと結合して総合的な数値実験を目指す。

 

. 極渦解析

 

.1 波動平均流相互作用と平均子午面循環

 

解析による平均子午面循環解析はすでにI89I92などで報告している。ここでは、I92に基づいて成層圏の最も大規模な循環であるブリュ−ワ−・ドブソン循環の季節変化を概観する。T42L12(鉛直12層の水平は全波数42の3角形切断:格子間隔およそ280kmに相当)のNCAR-CCM1を用いた予備的な研究結果について述べる。図3は12、1、2月および6、7、8月の3ヶ月平均した解析による平均子午面循環である。下部成層圏では低緯度から高緯度に向かういわゆるブリューワー・ドブソン循環が両半球にできているが、高度が高くなるにつれて、夏半球から冬半球への循環が支配的になる。また、南半球と北半球を比較した場合には、北半球の冬の方が循環が強い。

 

ブリューワー・ドブソン循環の季節変化は波動平均流相互作用によって説明される。準地衡風近似の下では平均子午面流のコリオリ加速とEPフラックス収束がバランスするので、中高緯度では波動平均流相互作用EPフラックス収束)に従って平均子午面流が駆動される。傾圧不安定波はほとんど成層圏には伝播しない。このため、中高緯度成層圏の波動平均流相互作用は山岳や非断熱加熱によって励起された重力波やプラネタリー波(ロスビー波)によって引き起こされる。夏半球では下層風が弱く成層もあまり安定ではないためこれらの波動はあまり励起されない。加えて下部成層圏は東風であるため停滞性の波動はそれより上空へは伝播できない。このため、極向きの平均子午面流は夏半球より冬半球の方がるよくなる。波動の活動の相違がブリューワー・ドブソン循環の季節変化を支配する。また、北半球の方が山岳の多いことが南半球より循環が強い理由とされている。

 

成層圏では温位と微量成分の鉛直傾度が大きいので、鉛直流は気温と微量成分分布に大きな影響を与える。平均子午面流が収束発散を起こすと平均鉛直流となる。中高緯度ではEPフラックス収束によって極向きの平均子午面流が引き起こされるので、特定のレベルの下降流はそれより上空でのEPフラックス収束の南北傾度の鉛直積算値に比例する。また、それを補償するように上昇流が起こる。図4は下部成層圏における各季節毎の平均鉛直流である。既に述べたブリューワー・ドプソン循環の季節変化を反映して、鉛直流も大きな季節変化を示す。すなわち、中高緯度の下降流は冬半球で強い。また、冬半球同士を比較すると、北半球の冬の方が大きく、従って熱帯での補償上昇流もこの時期に最大となる。

 

成層圏ではブリューワー・ドブソン循環に関わる鉛直流が熱力学的状態や微量成分分布を大きく支配している。しかし、中高緯度がすべて一様ではなく、極夜ジェットによって特徴付けられる極渦の存在が高緯度の大気構造をさらに複雑にしている。図5は下部成層圏での平均東西風の季節変化である。上が客観解析で下がモデルの結果である。どちらも冬季に極渦が形成され、極夜ジェットは8月から9月にかけて極大になる。モデルの方がやや弱くまた低緯度側にシフトしている。

 

極渦形成の第一要因は最初にも述べたように放射冷却である。しかし、非常に大きな南北温位傾度は放射だけでできるとは考えにくい。とくに、微量成分分布の大きな南北傾度は鉛直流に大きな違いがあるか、水平拡散係数が著しく小さいか、少なくてもどちらかが必要である(もちろん両方が関係している可能性もある)。図4を詳しく見れば、南半球の極渦形成時には、下降流の中心は明らかに中緯度にあり、極渦形成に関連して放射による非断熱加熱と鉛直流の寄与について詳しく調べる必要がある。帯状平均場の診断法を利用するので、比較的軸対称性のよい南半球の極渦について検討を始めたところである。

 

.2 成層圏の渦位の季節変化

 

極渦の特徴の一つは等温位面上の渦位の極大である。このため本節では、南半球の冬について等温位面上での渦位変化の物理的機構を考える。渦位変化には非断熱加熱の寄与が大きい。一般の客観解析では数値シミュレーションの結果を利用する。利用する数値モデルはトップが1 hPaT63L30気象庁長期予報モデルである。

 

外力および起き上がり項は小さいので省略すると渦位の帯状平均値の変化は以下のように表される。

 


 


右辺の左より、等温位面での平均水平移流項、平均鉛直移流項、水平渦収束項、鉛直渦収束項、生成消滅項である。成層圏での主要な項は平均鉛直移流項、水平渦収束項および生成消滅項の3つである。ここで注意すべきは平均鉛直移流は非断熱加熱による物質面の移動を表し物理的な鉛直流がある(気塊の幾何学的な高度が変化する)とは限らない。極渦内では一般に放射冷却が顕著であるが、仮に気体が静止している場合には等温位面はどんどん上昇し、その結果等温位面上では下向きの鉛直移流があるように見える。極渦内で実際に鉛直流があるかどうかは、詳細な解析が必要で、本研究の重要なテーマであるが、極渦形成時に等温位面は明らかに上昇しており、等温位面で観測した場合には幾何学的な高度で見た時よりは下向きの鉛直移流が強調されるはずである。また、渦位は非断熱加熱による成層安定度の変化に伴って生成消滅を起こす。

 

 

 

 


 図1 1月の質量流線関数(単位:kg/sec

上:オイラー平均  中:TEM  下:解析

NCAR-CCM1の永久1月積分の解析(I89

 

 

図2 大気のエネルギーサイクル

上:解析 下左:オイラー平均 下右:TEM

 

 

図3 解析による質量流線関数(単位:kg/sec

上:6、7、8月平均  下:12、1、2月平均

 NCAR-CCM1の1年積分(I92

 

 

図4 解析による平均鉛直流(単位:0.1mm/sec)

上左:3、4、5月平均   上右:6、7、8月平均

下左:9、10、11月平均 上右:12、1、2月平均

 NCAR-CCM1の1年積分(I92

 

 

図5 成層圏541hPaにおける東西風(単位:m/sec)

上:客観解析(1984-1986年の平均)   

下:NCAR-CCM1の1年積分(I92

 

図6 大気大循環モデルによる温位面上の渦位変化率(単位:m2 sec-2 Kkg-1

6、7、8月の3ヶ月平均で縦軸は温位

上: 非断熱加熱による生成項による変化率

中: 非断熱加熱による鉛直移流項による変化率

下: 水平渦輸送項による変化率

* 気象庁モデル(T63L30)による南半球の冬季の結果

 

 

 


Reference

 

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