第一話/天気予報の神の手/2004.8.23

 二十数年前、札幌管区気象台で天気予報の世界に足を踏み入れた。明るく開放的な土地柄で指導は親切だったが、先輩予報官の予報作業に追いつくことは大変なことだった。

 当時の予報作業は、ラジオの気象通報を利用して天気を考える手順とそれほど変わらない。まず、テレタイプから打ち出される地上と高層の定時観測データを天気図用紙に記入し、等値線を描いて、実況天気図を作成する。次に、チームの中で最も経験豊富な予報官が、作成したばかりの実況天気図と気象庁本庁から送信される予測情報(数値予報)に基づいて予想天気図を作成する。最後に予想天気図に基づいて各地域の天気を予想した。

 最も難しいのは予想天気図の作成である。数値予報とは物理法則に基づいた数値シミュレーションよる気象予測のことだが、当時はまだあまり信頼されなかった。予報官は経験に基づき低気圧の発達と移動を考え、ほとんどフリーハンドで予想天気図を描いた。できあがった予想天気図は作成者が想像できるほど個性豊かで、ベテラン予報官の描く天気図は合理的で、神業のように見えた。

 二十余年が経過し、気象予測手法は大きく変化した。スーパーコンピュータを利用する数値予報は長足の進歩をとげ、予想天気図作成の中心的役割を果たすようになり、神業はほとんど姿を消した。

 ただし、天気は計算に反映できないような細かな地形にも影響を受ける。地域によって求める気象情報も異なる。人間の予報作業は地域の特徴を気象情報に生かすことが中心となった。


第二話