第二話/気象マニア/2004.8.30

 札幌から小樽に向かう途中に、銭函と呼ばれる小さな漁村がある。二十年以上も前、札幌管区気象台で夜勤をしていたとき、銭函に住む漁師のAさんから電話を受けた。聞けば、今日の海上予報はよくなかったというのである。

 漁業関係者は天気予報への関心が極めて高い。Aさんはその日の海況を事細かに報告し、予報といかに食い違っていたかを、三段論法で責めてきた。予報がはずれたので、恐縮して応対していると、一向に電話を切る気配がない。どうしてそのような予報を出したのか、根拠を執拗(しつよう)に聞いてくる。こちらも作業に差し支えるので、ついいらいらして、タイミングを見計らって電話を切った。

 札幌の予報課では、Aさんは「銭函の漁師」といえば通じる有名人であった。予報現業室の電話は防災機関とマスコミにしか知らされていないはずなのだが、そこに電話をかけてきてなかなか切らない。忙しい時間の電話は困りものだが、教えられることは多かった。

 近海の海上(波浪)予報は、海から遠く離れた札幌の予報現業室で作成される。マニュアルを頼りに出す情報は、なかなか実感を伴わなかった。

 それが、Aさんの電話で海上予報はやりがいのある作業に変わった。小樽から積丹半島にかけての石狩湾は、地形が複雑で、風向のわずかな違いで海況は大きく変化する。夏の日本海は台風でも来ない限り鏡のように穏やかだが、北西の季節風が吹き出す冬にはその様相は一変する。頭の中では理解していることだが、それが、にわかに現実味を帯びた。

 たった一行の海上予報を真剣に聞き深く理解しようとする人のいることを、実感したのだった。


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