第三話/計算による天気予報/2004.9.6

 大気の流れは力学に従い、水蒸気が雨となることは熱力学に従う。その変化は微分方程式として表現され、時間積分することによって将来の大気の状態を予測することができる。このような物理法則を直接利用する気象予測を数値予報という。

 気象学者ビャークネスが数値予報の着想を発表したのはちょうど百年前。経験法則に頼らない気象予測を実現するというアイデアは、大きなインパクトを与えた。問題はその膨大な計算量だった。英国の科学者リチャードソンは、手計算でこの問題に取り組む。しかし六週間もかけた六時間予報は、現実にはあり得ない地上気圧を予想し、見事失敗に終わった。

 彼は失敗の顛末(てんまつ)を本にした。これは名著と評価されている。その中で彼は、六万四千人が整然と計算を行えば天気の変化に先んじて予報ができる、と述べている。

 リチャードソンの夢を実証したのは、六万四千人の計算員ではなく、一万七千本の真空管だった。一九四〇年代後半に、エニアックと呼ばれる世界初の電子計算機が米国で開発された。天才数学者ノイマンの卓抜したアイデアにより、プログラムを覚えこむという革新的な機能が付与された。

 ノイマンは、大量の計算を要する気象予測を通して、電子計算機の能力を実証しようとした。若き気象学徒チャーニーが、ノイマンの全面的な支援のもとで、この課題に取り組んだ。四九年、計算機を用いた気象予測実験は大きな成功を収め、数値シミュレーションの端緒となった。

 気象庁が本格的な計算機を導入したのは五九年。官公庁では初めての導入で、大きな話題となった。当初は、予報官の「神の手」には遠く及ばなかったが、精度は着実に向上した。現在の天気予報は、スーパーコンピューターを利用した膨大な科学技術計算によって支えられている。


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