第七話/カオスと確率予報/2004.10.11

 降水の確率予報が発表されるようになって久しい。しかし、最近でも確率予報の意味を尋ねられることがある。気象庁は、一カ月や三カ月といった長期予報についても、断定的な予報をやめ、確率表現を導入した。気温の場合、「低い」「平年並み」「高い」のカテゴリーごとに確率を示す。マスコミからは、言い訳めいていて分かりにくいと不評だった。

 天気予報には二つの限界がある。一方は予測手法の未熟さゆえの限界(今後克服することが可能)であり、他方は原理的な限界(予測手法が完全であっても克服できない限界)である。何が予測できるのか、原理的な予測可能性に本格的な科学の目を当てたのは、ロレンツという気象学者だった。

 実況値(初期条件)が分かっていて、現象の変化を支配する法則が完全に分かっていれば、将来の状態は一通りに予測できる。しかし、大気の実況が完全にわかるということはありえない。初期条件のわずかな誤差が、時間とともに拡大し、やがて予報は意味を成さなくなる。ロレンツが「ブラジルのチョウの羽ばたきがアメリカの竜巻の発生にも影響するかもしれない」と比喩(ひゆ)したため、予報誤差の拡大はバタフライ効果と呼ばれるようになった。

 自然には日食のように長く予報できる現象もある。気象予測が難しい理由は「非線形」の効果が大きく、「不規則な振動(カオス)」を容易に発生させるためである。

 初期誤差が拡大する現象は確率的にしか予測できない。言い換えれば確率予報は予測の最も科学的な表現方法なのである。予報が難しい現象については、さまざまな可能性の中から恣意(しい)的に一つを選ぶ作業(断定的予報)をやめ、予報者の手の内を明らかにしたものである。


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